きものを着ることによって、自由になれる可能性をあなたも信じるんですね。
鶴見和子『きもの自在』 ちくま文庫 p190
きものって何故あのカタチ?
呉服業界に入って間もないころ、「きもののコアな部分って何だろう」という疑問が湧いてきた。
業界に入ったからには「着物好きな人口を増やしたい」と思って、アンケート調査などを検索してみると着物姿には憧れる人が多いが、「着付が大変・・」「管理収納が大変・・」「高価で買えない・・」といった要因が着物をとっつきにくくしているよう。
そもそも
「きものって何故あのカタチ?」
着物は「着付」という技術がないと着ることが出来ない。
不便ではあるがそれでもあの「一枚の布をまとう」ような形式、現代生活では邪魔なことも多い「袖(そで)」のあのカタチは保たれてきた。
きものの素材は絹・木綿・麻など様々ある。
自宅で洗えるポリエステル素材だったとしても、「あのカタチ」に仕立ててあれば「きもの」だろう。
どこを変えれば「きもの」じゃなくなり、どこを守れば「きもの」なのか。
そんな漠然とした疑問に抱きながらアチコチ本を読んでみて、一つの答えをもらったのが今回紹介する鶴見和子著『きもの自在』。
もう読んでいるときは、
すごい本に出合ってしまった・・
と、ページの端を折りまくり線を引きまくり。
文庫で全204ページですが「これからのきもの」について至る所に示唆の多い一冊です。
鶴見和子『きもの自在』
365日きもの暮らし、国際会議も山登りもきものでこなした著者のきもの術。メキシコの抵抗の黒いストールを帯に仕立て、郡上紬との異文化の出会いを楽しむ。そして、きものは日本の気候に合い、心身をすこやかにし、「魂のよりどころ」となると説く。第三章では、呉服屋主人、服飾研究家、染色家の話を、著者と藤本和子が聞く。きものの創造性と自由さに目覚める本。
https://www.amazon.co.jp/dp/4480433910
きものはエコな衣料
上智大学名誉教授で社会学者の著者は、世界各国を講演などで飛びまわりながら出会った生地を自由な発想で着物や帯にしています。
口絵には異文化ミックスのコーディネイトがカラー写真で掲載されており見入ってしまします。
そんな著者はきものを日本のエコロジーに合った衣料だと説きます。
きものはつぶしがきく。洗い張りして仕立て直せば、新品に近くなる。裾が切れたり膝が破けたりしたら、まず上っ張りにする。それから、前掛けにしたり、袋物につくりかえる。そしてぎりぎり最後には、つやふきんかぞうきんになる。こうして糸くずになるまで使える。きものはじつに、融通無碍なのである。高度経済成長期には、使い捨てが美徳とされた。ところがその結果、地球規模での資源枯渇を招いている。いまやっと、限られた資源を再生して使うことが時代の要請として自覚されるようになった。
同著 P30
今では多くの企業が理念や商品にSDGsを意識した文句を取り入れてます。
「きものとは何か」を解く鍵として、日本は資源の限られた列島であるという点があげられそうです。
織り上げられた貴重な布を、成長に合わせて解き仕立てを繰り返しながら着ていく。形を変えて、世代を超えて渡っていく一枚の布。
昔のように、自宅で反物を織るところから仕立て、洗い張りまで行うということは現代の生活スタイルとして極端かもしれませんが、ていねいにつくられたモノを大切に使う、という意識は実践できそうです。
きものカタチは、この「分解して再生できること」を想定して成り立っています。
きもののカタチの秘密
地球上の人間は、人類と呼ばれ、日本人もその人類のなかの一部である。おなじように、きものもまた、人類の衣服のなかの一部である。日本列島の北は北海道から南は沖縄まで、それぞれの地域の自然生体系にあわせて、人びとは、かたちや素材や織りかた、染めかたなどの異なる、変化にとんだ衣服を育ててきた。その共通の特徴は、直線裁ちということである。直線裁ちであるために、工夫をすれば、どんな布でもとりいれて、身につけることが出来る。そのために、日本列島のなかで、さまざまな変化にとむ布によって、きものは成り立ってきた。そのうえに、海外の布をも自家薬籠中のものとしたのである。
同著 P36
すこし長いですが、著者のきものに対する思想の重要な箇所かと思い引用しました。
歴史を見ると日本は島国であることも関係するのか、海外の文化を取り入れて自国独自の文化へ発展させることが得意だと思います。
奈良時代にシルクロードを経て伝えられた正倉院紋様、室町・桃山時代には中国から渡ってきた名物裂。
(時代を大きく分けたときに、各時代の後に日本的な文様が大きく発展する平安、江戸時代がくることも興味深いです。)
そして、全国各地で生活に寄り添ってきた麻をはじめとして綿や絹の絣文様。
文様だけでなく、さまざまな織の技術、しぼりやろうけつなどの染めの技術も海外から取り入れ発展させたものです。
洋服は体の形に添うように立体的につくられます。
対して着物は直線裁ちで平面のままの生地をまとう。なので着付という技術がいる。一枚の布のかたちを保っているので、たたむと平らになる。
すると、袖の袂の長さはある程度なければきれいに平らにはたためないし、直線裁ちするという観点、解いて一枚の布に戻し再生させるという観点からしても納得がいくカタチなのです。
一枚の生地を基本とする直線裁ちだからこそ、きものは多様な素材で成り立ち、多様な文様を描くことが出来きる。のですね。
きものは「自由の象徴」
第4章では、作家・翻訳家の藤本和子がインタビューするかたちで、きものを「自由の象徴」「異文化の出会う場所」という鶴見和子の思想を引き出していきます。
(藤本和子さんは私の好きなブローティガンの翻訳者!)
きものは動きづらいし、しきたりもややこしくて全然自由じゃない!とお考えの方も多いと思います。
なぜ、きものを着ることで自由になれるのか?
気になった方は是非本書を読んでみてください。
とてもいい本ですよ。